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    ケータイ世界の子どもたち (講談社現代新書 1944)子供と大人で全く異なる重み
    子供は大人よりもケータイに近い存在である。

    本書でも紹介されているように大人のケータイはあくまでも通信手段中心である。

    音声会話であり、メールであり。近年はネットやゲーム、テレビなどの機能も使われるが、あくまでも大人にとってのケータイはツールである。



    しかし、子供にとってのケータイは世界である。

    友達とつながるため、世界を見るための存在であり、親しい友達であれ、見知らぬ大人の世界であれ自分以外の存在とはケータイを通じてつながる。今の子供たちは物心ついた頃からコンピュータをはじめとする様々な電子機器に囲まれている。ケータイもその一つで、あってあたりまえ、世界の重要な一部なのである。いまや友達づきあいもいじめもケータイを通じて行う世の中である。



    そういった大人と子供のケータイの重みを知らないと子供のケータイの世界は理解できないだろう。本書でも様々なデータや事例を取り上げ、子供のケータイは大人のケータイとは全く別物といってもいい存在であることを詳しく語っている。



    ただ恐ろしいのは大人と子供にとってケータイの重みが違うのに、ケータイの世界からは大人の子供も同様の重みの存在であるということだ。否、収益という点から考えると子供の方がよっぽどお得意さまである。どのような危険な有害な情報にもアクセスでき、現実世界と異なって危険な大人との接触を阻む壁もない。これまでは目の届いていた子供の世界を見えなくしてしまう道具でもあるケータイの怖さがまざまざと示されている...


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